
よんきびう!
うばろんが!!
”レヴュー96”のライヴツアーに関する文章のオマケです。
http://chuck-snowbug.tumblr.com/post/50386890203
一緒にライヴに行った友人のひとりに、3月31日の最終日に関して訊ねてみました。その返事を要約すると、
・9時ピッタリに終わったのはよく憶えている。自分は、打ちあげとは当然考えず(笑)、会場の都合の所為なんだろう、と思った。
・外で延々待たされた記憶もある。開演が遅れた所為で、(最終日ならではの諸々のサプライズが披露される機会が失われて)もったいないなぁ、と思ったナ。当時は自分も自主規制して(苦笑)、口には出さなかったような……。
・まあでも、凄く愉しかったけどね。
実のところ、9時ちょうどに終演? そうだったっけ??、くらいの鈍い反応を予想しておりました。二十年近く前のことでも、意外と憶えているものなのですね。
前のエントリーをアップしてから、小沢さん関連の雑誌の切り抜きに眼を通したのですが、『後半の何かの曲で、小沢さんがステージの床を踏むとともに花火的なものが打ちあがる仕掛け』とは、具体的には、上の写真の文章で触れられている「愛し愛されて」での演出のことでしょうね。「彼がダン!、と床を踏むと、バズーカが炸裂。客席にカラフルなスポンジボールが飛び散る」ってヤツ。
スポンジボールが飛び散ったのか……うーん、そんなこと、あったような、無かったような、という程度の記憶しかのこっておりませんが。
さらに云うと、「ここでもちゃんと手振りは決まっている。 ♪未来の世界へ連れてく! と歌いつつ、ひらひらと舞う一万人の二万の手のひら」の部分は、残念ながら全く憶えておりません。どんな仕草だったんだろう??
事細かに記憶しているようで、やはり相当忘れてしまっていますね。
なお、写真に一緒に映っている小鳥さんたちは、初代の、小沢健二さんが大好きな、しごく善良な五羽であります★
Summary: 5 birds are reading the clipping of the article regarding Kenji Ozawa’s live at Budokan in 1996. You can see his face on the bottom of the left end!
久しぶりに小沢健二さんの話題に触れてみようと思います。
どうせならば、思いっきりマニアック且つ限りなくニッチな方向性で! ”レヴュー96”のライヴツアーについて(下のつづきです)。
http://chuck-snowbug.tumblr.com/post/37179186153/96
前段の”レヴュー96のもうひとつの新曲”の項目では触れるのを省きましたが、実は私、このツアーに3月8日&9日ばかりではなく、3月30日&31日の日本武道館公演にも行っております。つまり東京周辺の全四公演に通い詰めたわけです。
周囲の小沢君仲間的な友人たちには当時、サイコーだった!、としか云わなかったのですが、いまだから告白すると、魚の小骨のようなものが喉につかえているのには敢えて知らぬふりをして、多少なりともこころを補いながら大絶賛した、というかんじがのこっております。素晴らしかったのは疑いようがないし、大感激しているひとたちの盛りあがりに水を差すつもりも毛頭ないのだけれど、でも……という気分。
オザケン・ブーム的な現象がどんどん大きくなり、バッシング・ムードも徐々に高まってきて、(たぶん)ビジネスに絡んでくるひとたちが飛躍的に増え、いろいろな物事が見る間に巨大化していって、ひょっとしたら小沢さん自身、『LIFE』とそのあとにつづいた怒涛の快進撃に勘ちがいしてしまった部分があったりもして、それら諸々による軋みのようなものが、気の所為か、ライヴの其処此処にひょいと、ほんのちょっとながらすがたを見せていた風だった、と表現したら、云い過ぎなのかもしれませんが。
それらにくわえ、こころの底からの大喝采とならなかったひとつの要因として、3月31日のライヴがあげられます。というか、最終日に関して気持ちが蟠りさえしなければ、終わりよければすべてよし、のことば通り、サイコー!、のツアーとして、私のこころのうちに刻みこまれたのかもしれません。
この日は開場・開演ともにかなり遅れたのですが、その影響なのか、アンコール一曲目の「ドアをノックするのは誰だ?」の演奏が短縮され(他の三日間は、シングル盤におさめられたライヴ・ヴァージョンのように、一度最後まで演奏してから、くりかえしの部分が付けくわえられた)、当然あるものだと私が勝手に思いこんでいたダブル・アンコールも行なわれませんでした。
ちなみに”レヴュー96”でのダブル・アンコールは、確か3月8日と3月30日は、あり、で、3月9日と3月31日は、なし、でした。3月9日が、なし、だったのは、その日のパフォーマンスがイマイチだったから、というわけではありません。8日しか行けなかった方たちには申し訳ありませんが、客観的に云って、9日のステージの方が格段に完成度が高いものでした。
3月8日の予定外のダブル・アンコールは、ステージ演出上の失敗に対する埋めあわせの意図がある云々と小沢さんが発言していたように記憶しております(その後のライヴから判断すると、後半の何かの曲で、小沢さんがステージの床を踏むとともに花火的なものが打ちあがる仕掛けが、8日に限ってうまくいかなかった所為か)。
3月31日はツアーの最終日、四日間でいちばんの盛りあがりだったのは間違いありません。3月30日につづいて、最低でもダブル・アンコール。あわよくばトリプル・アンコールまであるのではないか、と本編が終わった時点で私は期待したのでした。
ダブル・アンコールを行なうか否かは、小沢さんがその場で決めている風に見えました。小沢さんがアンコール最後の「ダイヤモンド組曲(のちの「夢が夢なら」)」の演奏のあと、やる、と云えばやり、これで終わりです、と云えば、それで終わる、と。
ツアー最終日です。しかもそれまでで最高の盛りあがり。当然、最低でも、ダブル・アンコール!
……の筈が、「ダイヤモンド組曲」のあと、これで終わりです、と小沢さんがあっけなく告げて、私ばかりではなく、ステージ上のバンドの皆さんが、えっ、もう終わっちゃうんだ?、という空気を何となくさせた気がしました。
幸い客席の反応は、特にがっかりというかんじでも無かったように記憶しております。「ドアノック」の短縮やダブル・アンコールの有無にかかわらず、大興奮のライヴだったのは疑いようがないところでしたから。
会場のあかりが点いて、腕時計を見ると、21時ちょうど。
その瞬間に、私のあたまを過ぎったのは、本当に妙なことでした。
それは……最終日にもかかわらずあっさり終演となったのは、ひょっとして(著名人たちが多数集まる)打ちあげ開始の時間が決まっていたから?、ということ。
云うまでもなく、根拠のない想像どころか、完全なる妄想の類いに過ぎません。そう自覚しているからこそ、これまで誰にも、一切口に出すことはありませんでした。
それにいま考えると、会場側から、絶対に21時までに終わらせるように、とのきついお達しがあった、と推測した方がずっと自然だったのかもしれません。ご存知のように小沢さんのライヴはいつも大変長いですし、既定の閉館時間とのせめぎあい的な裏事情が、ステージ上から見え隠れする場面が何度もありました。
真相は藪のなかですが(或いは大プロジェクトならではの、複雑に絡みあった事情が幾重にも取り巻いていたのか?)、私の妄想に関しては、その後の長い沈黙期間につながる、正体不明の不吉に澱んだ大渦に小沢さんが巻きこまれつつある気配が、ステージ上にそこはかとなくただよっていたからこそ浮かんできたものなのだ、と解釈すると、納得できるような気がしないでもないです。
最後に当時の短いメモを再録します。最終日のライヴについて。
「小沢君LIVE at Budokan。最終日。開場・開演ともに30分以上遅れる。21:00ピッタシにLIVEは終った」
いくら私的なメモとは云え、小沢さんに対して批判めいたことばを記すのが躊躇われ、ピッタシ、のひとことに17年前の自分は、わだかまる諸々の感情をそっと詰めこんだのでありました。
PS: 上の写真は、我が家の小沢さん関連書籍コーナー(の一部)です。
Summary: My bookshelf - Magazines regarding Kenji Ozawa, Memoirs for Masaaki Tachihara, and “Unfortunate Woman” by Richard Brautigan.
「僕らの手はあまりにすごすぎて、ボタンを押すだけになってしまうのはつまらない。堂々と手を信頼していきたいんです。」
(小沢健二)「書くときはいつも手書きです。基本的には万年筆ですが、ときどき鉛筆も使います―特に訂正には。最初からタイプライターやパソコンで書けるならそうしたいですがキーボードを前にするといつも萎縮してしまって。指をあの位置に置きながらだと、どうしても頭をしっかり働かせることができない。万年筆は道具としてはるかに原始的です。
(ポール・オースター)
大好きな二人が同じような考えを持っているのは嬉しい。
今日の「我ら、時」
「Warera-Toki (We, Time)」
Mr. Kenji Ozawa & Ms. Elizabeth Coll, together, they’ve made the perfect example of the timeless ART!!!
これが実質的に最初のエントリーとなります(本当に最初なのは、Test、とひとことだけ記された文章★)。『今日の「我ら、時」』となっているのは、その一ヶ月ほど前に、小沢健二さんの「我ら、時」というボックスセット(1万5千円也!)が発表になって、毎日、ちょっとずつ位置や順番を変えて、部屋の一角に飾っていたからです。たまたま本日は、こんな具合になっていましたよ、という意味。
最初のうちはあたり前のように日本語しかつかっておらず、英文は、あとになって付けくわえたものです。
Originally posted in April, 2012. This is the very first photo I posted on my blog a year ago. “Warera-Toki” is the paper box set of Kenji Ozawa, the Japanese singer, consisted of 3 CDs, 2 books, and many other things. Ms. Elizabeth Coll is his wife and responsible for the art work of the box.
もう永遠に更新されないんじゃないかと思った、ひふみよダットネットの第十二夜の更新。
(真っ暗闇で聴いたビバップと僕旅で、このまま真っ暗のまま終わるんじゃないかと思ったように。)
朗読のお話。私も行った、最終日第十二夜のやくしまるえつこちゃんのオープニングモノローグは、
あの独特のペースがなんだか痛快で、
すこしざわつくようなオペラシティのお客さんたちとの空気感がなんだかとてもおかしかった。日本の会社では、朝礼で各社員や役職者が持ち回りでコメントをすることがよくあり、
私の会社でも例に漏れず昨年からその習慣が続いている。
先日私の番が回ってきたとき、
…
えーと、実はですねぇ、本日で丸一年になります。昨年の4月24日にこのブログをはじめたのです!何度か云っていますが、きっかけは小沢健二さんのサイトに投稿するためでした。別にアカウントを取らずとも投稿自体は可能で、私はそれまでブログ的な活動とは無縁だったので迷ったというか、躊躇する気持ちがかなりつよかったのですが、最終的には、えいやっ!、となったわけです。
決断した理由をきれいに表現すると、小沢さんの新しい活動の波にくわわるような気分がありました。
もう少しざっくばらんな云い方をするならば、タンブラー・コミュニティにくわわることで、将来的にコンサートチケットが優先的に取れたり、いち早く諸々の情報が流れてきたりするかも?、と期待する気持ちが無きにしろあらずだったりして(この一年間、そういう実際的な、得、は何ひとつとしてなかったです)。
一年前の自分が、もしも現在のブログのありさまを覗いたとしたら、いちばん愕くのはやはり、やたらと食べ物関連写真をアップしていることでしょう。最初の数ヶ月は、全くちがいました。人生、いろいろであります♪♪
一周年記念ということで、明日から一週間、過去のエントリーを一日ひとつずつ、再放送して行くつもりです。あまり最近の内容だと、またコレかよ……となりそうなので、半年以上前のもので、発表当時の反応はともかく、本人的にかなり気に入っている作品、をひとつの基準にして。
上の写真では、一周年を祝い、初代から第六まで(左→右の順番)の小鳥さんたち、計三十羽に勢ぞろいしていただきました。ブログ史上初の試みとなります(三十ともなると、並べるのが結構面倒臭いので、今までやらなかったのでした……)。
シャイな第三の小鳥さんたちだけ、うしろ向きです。悪しからず★
そもそもこの小鳥さんたちも、一年前には未だ一羽も、我が家には棲みついていなかったのでした。
Summary: I started tumblr. on April 24, 2012, exactly one year ago. All the birds living in my house are here to celebrate one year anniversary! The five out of thirty turn their back on us, because they are so shy!!